不登校から学校に復帰できても、それで全てが解決するわけではありません。
私は中学から再び学校に通えるようになりましたが、心の中では劣等感や不安とずっと向き合っていました。
体育の授業での遅れ、友達との会話に混ざれないもどかしさ、人前で話すことへの苦手意識…。
学校に行けるようになったとしても、「不登校経験者」として生きていくことになります。
この記事では、不登校復帰後に私が感じた苦しみと、不登校の経験をどのように受け止めているかお伝えします。
私の不登校時代はこんな感じでした→ランドセルを背負って玄関で泣いた朝のこと――“行きたいのに行けなかった私”の話

劣等感に苦しみながら、生活する
劣等感を持つことは当たりまえ
不登校経験者の私は、自分のことを「普通ではない」「人と違う」ということにとても苦しみました。
誰もそんなことは言わなかったのですが、自分が一番自分のことを責めていました。
「苦しんだ」
こう書くとおもーい感じがしますけど、
不登校だった子が劣等感を持つのは当たり前のこと。
だって、学校行ってなかったんだもん。
不登校経験者のその先
苦しかったことは事実だけど、今となれば苦しみも含めて、
自分にしかできなかった大切な経験だと思えるようになりました。
学校に行けない苦しみがあったから、私は努力できるタイプの人間になれたし、様々な立場の人の苦しみを理解しようとするマインドを持つことができたんですよね。
不登校経験者として、苦しみと思うか、大切な経験と思うか、自分次第&時間が解決してくれることなのかなと今は思っています。
ではでは、不登校復帰後にどんなことが苦しみとなっていたのか、整理していきます。
不登校経験者が、学校復帰後に苦しんだこと
体育の授業


私は、もともと運動が得意なタイプではありませんでした。
さらに、不登校期間があったため体育の経験ができていない。
そんな私が、学校復帰後にどうなるかというと、周りと比べて明らかに劣っている自分。。。
特に高校入学後が一番つらく、周りの友達のレベルにまったくついていけないのです。
バレーボールとかバスケとか、高校になるまでやったことがなかったので、
チームを組んで練習する際にも足を引っ張ってしまいます。
(本当にチームのみんなに申し訳なかった。涙)
特に覚えている種目は「器械体操」
側転したり、バク転したりするあれです。体育の単位を取るためには、5種の連続技をするという条件でした。
しかも、体育は学年合同授業だったので、150名の人に見られながら&ビデオ記録がはいるとのこと!
後転すらできない私には、プレッシャーが大きい、、
学校の授業だけでは間に合わず、家でも布団をひいて練習しました。
(小学生ではありません。高校生が、家で体育の練習!笑)
本当にできなくて、教室で体育の教科書を熟読するという徹底ぶり
(体育ができる男子に「体育の教科書を読んでる人を初めてみたよ」と言われたのも思い出、、、)
結果、なんとか乗り切ったわけではありますが、本当につらかった。
でもつらい体育も2年間だけで3年生になると種目が選択になったので、卓球、バドミントン、などのやりやすいものを選択して、楽しむことができるようになりました。体育苦手な子が集まっていたこともあり、楽しかった!
ちなみに、大人になった私は、水泳に通ったり、卓球したり、ジムに行ったり、身体を動かすことんいてい行こうがないタイプに近づけました。「体育」が嫌いなだけ!
友達との懐かしい話で盛り上がること


不登校だった期間があると、そのとき流行っていたことなどに気づかないんですよね。
いろんなことを知らないまま、時間が過ぎていました。
学校復帰をして、友達とやり取りしていくうちに「私って、知らないことが多いな」と気づきました。
大人になった今となればそんなことどうでもいいし、知りたければ教えてもらえばいいし、後から調べたって良いと思えますが、
その当時の私には自分はみんなと違うと感じ、劣等感につながっていました。
覚えていないような小さなことなんですけどね、、。例えば、給食のメニューのこととか、流行っていた遊びのこととか、みんなが「あーなつかしーーー」って盛り上がっているなか、私はニコニコしいながら「ん?なんだそりゃ」と思っていたんですよね。
学校に復帰できて、周囲からは普通に学校に来ている人だったと思いますが、
私の頭の中はそんなことはなくて、分からないことがいっぱいでした。(そりゃそーなんだけどね。)
人前で発表すること


これも、体育と一緒で「経験していない系」ですね。話し合いとかプレゼンをするということを苦手としていました。
勉強の内容で困ったことはなかったけど、テスト以外の形で評価されるようなことはことごとく苦手でした。
英語でのスピーチだったり、文化祭の演目決めの話し合いで意見を言うことだったり、学校で人前で話すことってたくさんありますよね。
※ただ、大学生になってから、私はこの「人前にでる」ということに関しては、開花しました!
中学高校大学と、少しずつ経験を積んで、今では人前に出ると快感を感じるまでになりました。笑
小学生の時からやっていれば、もっと早く気持ちがらくにプレゼンできるような人になっていたのではないか?と思ったりします。
また学校に行けなくなるかもと不安に襲われること


私は、中学に入学し、そこから不登校になることはなく、大学までほぼ皆勤賞で通学できるようになりました。
私はもともと明るくひょうきんで面白いことが好きなタイプだったので、中学以降の私は、不登校だった影を見せずに生活できていました。(おそらく)
でも、私は「また突然、学校に行けなくなるかも」と不安な気持ちと戦っていました。
夜、布団に入ったときには、「明日からも学校にいけますように」と、唱えて寝るような日もありました。
学校に行けない衝動(?)不安(?)発作(?)は、予期なく来るもの。
自分ではコントロールできないものでした、不登校になる直前には、楽しく学校に通えていると自分で思っていても、ある日突然、学校に行けないという経験をしていました。
なので、中学以降も「また、学校に行けなくなったら」と、不安が付きまとうことになりました。
「私は不登校だった」という劣等感と戦うこと


これは、話の総括でもあるのですが、人って、人と違うことに違和感や恐怖を感じることがありますよね。
学校という社会に適応できなかった私は、
「劣っている」「私って変なんだ」「おかしい人なんだ」と自分のことを評価していました。
それが、ずっと付きまとっていました。
不登校だった私を知っている人は、「不登校だった私」として見ているのだろう。
誰からも評価されない存在なんだ、と劣等感だらけでした。
※不登校経験者の私ですが、社会人になるまで苦しみました→不登校だった私が“もう大丈夫”と思えるまでに、20年かかった話(仕事・就職)



不登校経験者はおかしいのか
おかしくない
答えは簡単ですね。書くまでもないですよ。
学校というのはあくまでも社会の一部であって、学校が人生のすべてではない。(そう思ってしまう気持ちは、痛いほどわかります!私もそれで苦しんだ。)
でも、不登校であったことは自分だけの経験だし大切にすべきと、思ってもよかったのです。
不登校経験をどう受けとめるのか
不登校の渦中にいると「不登校も大切な経験」って、思うのは難しいですよね。本当にそう思う。
でも、様々な立場の人と関わるような仕事について、「一人ひとりの経験はその人だけのものであって、大切なこと」と心から実感して、今の私があります。
これはいろんなところで聞く言葉ですが、「自分の経験を大切にしよう」
本当にそうだなと思います。
※不登校経験者でも、人生は終わりじゃない!自分次第かなって思う→不登校になったら人生終わり?元不登校の私の答えは、、、



苦しみの先に、あったもの
今は、無事に大人になれた私ですが、不登校復帰後も苦しみを抱えながら生きていきました。
中には不登校に対して、辛辣な意見を持っているひともいます。
そういう意見を耳にして傷つく、不登校経験者もいると思います。
私は、そういう人が社会にいることも理解しつつ、私は様々な立場の人の味方でありたいと思っています。
そう思えたのは、「私が不登校経験者であったから」それ以外にありません。
自分にしかできなかった貴重な経験として、これからも大切にしていきたいと思います。
※私の不登校の経験はこんな感じでした→【不登校経験者の体験談】幼稚園から始まった行き渋り|不登校の予兆 【1話】





ご覧いただきありがとうございます!
高校の体育は、本当につらかった。。。体育の先生のところに行って、「体育が苦手で困っています。」と泣いたことがあります。笑
↓「にほんブログ村」ぽちっと押して応援お願いします!



