2話「学校に行けなくなった日の朝」

 小学校生活への希望を持っていた私。

 でもある日、突然学校に行けなくなった。

  理由はわからず、涙も言葉も出ないまま

  その“止まった朝”から不登校生活が始まりました。

1話「不登校の予兆」行き渋りが始まったとき

”ふつう”だった私の日常

 ワクワクで入学した小学校

 小学校の入学式。黄色いワンピースを着せてもらい、通学路の桜の下で写真を撮りました。

 学校につくと、6年生が案内してくれて教室へ。

 机に私の名前が書いてあり、いろんなものが机の上に置いてありました。

 その時のワクワクした気持ちを今でも覚えています。

 「勉強を頑張りたい!」

 「友達を作りたい!」と思って小学校生活をスタートしました。

“ふつう”の生活

 入学式の日から友達作りをスタートさせた私。積極的に学校生活に参加していきました。

 友達と過ごす時間も楽しかったし、勉強に遅れることもありませんでした。

 手を挙げて授業に参加することができていたし、行事も楽しく参加していました。

 私は、「登校すること」に特別な意味を感じていたわけじゃなかったです。

  毎朝ランドセルを背負って、時間になると家を出る。そんな日常が、自然と続いていきました。

いい子でいたい

 その頃の私は、“ふつうの子”として、学校に溶け込んでいました。

 その時は、

 「いい子でいたい」「怒られたくない」という気持ちが強かったです。

 学校でも、まじめの頑張りたいと思っていました。

 特別な悩みも、不安も、まだ表に出ていませんでした。

 そんなときに、突然“変化”が起こりました。

初めて行けなくなった日

ランドセルが背負えない

 小学2年生の冬のある朝のこと

 昨日までと何も変わらないはずでした。

  朝起きて、身体をが思い。昨日までと違う感覚。

 ランドセルを背負うことができず、私は自分の机に座ったまま、何も言えずにただ、ぽろぽろと涙を流していました。

自分の意志ではコントロールできない

 「学校に行きたくない」という言葉すら出せなくて、声も、身体も、固まっていました。

  頭の中は混乱していて、「行かなきゃ」「でも怖い」「どうしたらいいかわからない」

 そんな言葉が、思い浮かんでいました。

 自分だけ止まってしまったような感覚。

 自分ではどうにもできない感覚になりました。

 腹痛や頭痛、吐き気、が自分の意志では止められない、あの焦りに近い感覚でした。

責められる声と自分の心

心配の声が責められる言葉に

 学校に行けなくなってから、親や先生から何度も学校のことを質問されました。

 心配の気持ちから、親から

  「何があったの?」  「どうしたの?」  「どうして行けないの?」 と繰り返し聞かれることに。

 その言葉が、“責めているわけじゃない”と今は分かりますが、

 当時は、責められているように響いてしまいました。

説明できない気持ち

 自分でも、気持ちの説明や自分の身体の状況の説明ができませんでした。

  「行きたい、でも怖い」  「教室に入るのが不安」  「でも理由なんてわからない」

  いろいろ気持ちはあるのに言葉にならないことばかりでした。

いちばん、私を責めたのは

 ある朝は、着替えて準備をして、玄関まで行くことができました。

 でも外に出ようとすると、吐き気がして、動けなくなってしまいました。

 そんな自分を私自身が責めるようになっていきました。

「私は弱い」  「どうして普通にできないの」  「私は変」

それでも「学校に行きたい」

  でも、本当は学校に行きたい・

 “行きたいけど行けない”という気持ちが続きました。

  「なんで私は、学校にいけないの?」

 何度も自分で自分に質問したけど、答えは見つけられませんでした。

 分かったことは「いま、つらい」ということでした。

勉強をする静かな部屋

家で過ごす時間

 学校に行けない日々の中で、私は自分の部屋で過ごしていました。

  学校がある時間は、自分だけが“違う時間軸”にいるような気がしました。

  学校のドリルやプリントをやりながら、

 「みんなは今、授業を受けてるんだろうな」と、考えていました。

私だけが違うことをしている


 「今日も休むのね」

 家族にそう言われるとホッとしていました。

 でも、不安や混乱は続いていて、「どうして私は学校に行けなんだろう。」

 何度も思ったけど、やっぱりわかりませんでした。

 みんな同じ時間を生きているはずなのに、私は違うことをしている

 その不安と、疎外感が、じわじわと心に染みていった。

 だけど、それでも学校に行けません。

心が悲鳴を上げていた

理由を言葉にできない

 私が学校に行けなくなったとき、何か特別なきっかけがあったわけではありませんでした。

 「行きたいのに行けない」「でも、どうして?」

 その理由が自分でもはっきり分からず、言葉にもできないままでした。

 親や先生も困っていたと思います。

 でも、私自身も戸惑っていました。

 誰かに自分のことを説明しようとすると、涙が出たり、頭が真っ白になったりする。

今日も学校に行けなかった

  でもそれは“心が悲鳴をあげていた”ということだったのかもしれないと今は思っています。

 不登校の始まりは、いつも「わかりやすい理由」があるわけではなかった。

 分かっていたことは、「今日も学校に行けなかった」という事実だけでした。

 急に不登校生活が始まりました。ではなぜ不登校になったのでしょうか

2話「学校に行けなくなった日の朝」
あぱち
あぱち

本日もご覧いただきありがとうございます。

そろそろ夏休みが終わる。。。つらいよね。。。

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