東野圭吾『人魚の眠る家』をざっくり復習(ネタバレ)

今回は『人魚の眠る家/東野圭吾』を紹介します。

内容をざっくり、ネタバレありでまとめました。読了済みの方は復習を、未読の方は予習として楽しんでいただけます。

後半では、この作品を読んだ私自身がどんなことを考え、 どんな部分に心を揺さぶられたのかを紹介しています。

「脳死」というテーマから、立場の違いによって“見える世界”が変わる—— そんなメッセージを強く感じた3つの場面を中心に書いています。

あなたはこの物語を読んで、どんな感想を持ちましたか。 自分の答えを見つけながら読了後の時間を楽しみましょう。

あぱち
あぱち

こんにちは。1年で120冊読書するあぱちです。さくらももこ作品がバイブルです。今回は、東野圭吾の作品から「命」「価値観」などについて考えました!

1.「人魚の眠る家」とは

  • 著:東野圭吾
  • 出版社:幻冬舎
  • 発売年:2015/11/18
  • 「娘の事故をきっかけに、“生きるとは何か”を家族に問いかける東野圭吾のヒューマンミステリー。」(Amazon商品紹介より要約)

脳死とは何か、生きるとは何か、人はいつ“死んだ”と言えるのか。 そんな問いを投げかける作品です。

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2.超ざっくりわかる!「人魚の眠る家」(ネタバレあり)

何が起こるのか、物事の展開だけをまとめると以下の通り

超・完結に分かる!結末までに起こること

①娘がプール事故で脳死状態になる

②眠ったままの娘を母を中心に介護→その状況に対して、様々な立場の人の気持ちが交錯

③娘の状態が悪くなり、臓器は移植される

3.「人魚の眠る家」あらすじ(ネタバレあり)

始まり:事故~脳死判定

別居していた薫子と和昌。二人はすでに離婚という答えを出しており、娘の瑞穂の受験までは“よい夫婦”を演じることになっていました。
瑞穂の私立小学校受験のため、二人で面接の予行練習会場にいるときに、薫子の母や従妹と一緒にいた瑞穂がプールで溺れたという連絡が入ります。

医師からは「脳が動いておらず、回復のための治療は難しい。できるのは延命治療のみ」と告げられます。

脳死判定を受けて、臓器移植をすることに決めますが、娘を生きていると思い、薫子と和昌の意思で臓器移植を中断します。

展開:在宅介護の始まり

母親は「まだ生きている」と信じ、意識がない娘の瑞穂を自宅で介護する道を選びます。

横隔膜ペースメーカーの導入

「みずほは呼吸をしているのだ」と信じる薫子の思いを支えるように、在宅介護が始まります。

脳に障害を負い多くの機能が失われたみずほに対し、「失われたなら補えばいい」と和昌が提案するのです。

最先端の技術で、呼吸や運動を取り入れていきます。 薫子は、娘が目を覚ます日を信じて待ち続けます。

周囲の人との関わり

みずほは支援学校に入学し、先生が訪問するようになります。

しかし薫子はその先生に不信感を抱いたことをきっかけに「本当にこれでよかったのか」と考えるようになり、

臓器移植を希望し、ドナーを待つ人の話を聞くことになります。

「移植は善意という“施し”を受けること。脳死を受け入れられずにいる親にとって、その子はまだ生きている。」 その言葉は、薫子の心に深く刺さります。

娘瑞穂の“安定”と、周囲の人の違和感

瑞穂の状態は安定を維持します。 必要な薬がどんどん減り、病院の先生も驚くほどで、まるで“奇跡”のように思える状態にあります。 ただ、それはあくまで「管理しやすい状態にあるだけ」であり、回復ではないのです。

娘の回復を信じる母ですが、周囲には瑞穂の状況に疑問を持つ人もいるのです。

最先端の技術を使うことを提案した父でさえ、その訓練の中止を提案。主治医には「うちの家にいる娘は、患者でしょうか。それとも死体でしょうか。」と質問するのです。

瑞穂の弟(小1)は、「お姉ちゃんが生きているなんて嘘でしょ」と。

母薫子自身も、混乱していき、「娘を殺したのは、私でしょうか。」というセリフにつながっていきます。

結末:人の死はいつなのか

やがて、瑞穂の状態は変化し、家族は最終的に臓器移植を選択します。

瑞穂の心臓は別の命へと受け継がれます。最後に、人の死というのはいつなのか、というテーマが出てきます。

母が自覚した娘の死の時(本人の意識や魂のこと?)

脳死判定を受けたとき(書類上はこれ)

心臓が止まった時(移植された心臓自体は生き続ける?)

4.「人魚の眠る家」を通して感じたこと

この作品を読んでいて、特に心に残ったのは、立場の違いによって“見える世界”が変わるということでした。 そのことを強く感じた3つの場面を紹介します。

「若葉にはそんなことはしてほしくない」(瑞穂の義理の叔父)

瑞穂の事故のとき、一緒にいたのは従姉妹の若葉でした。

(若葉はこの事故について深い苦しみを抱えていて、その姿も胸が痛みます)

若葉の父は瑞穂の介護をよく思っていません。

そんな父が、瑞穂のお見舞いに行く若葉に向けて言ったのが、 「若葉にはそんなことはしてほしくない」 という一言です。

一見冷たく見える言葉ですが、彼にとって一番大切なのは自分の娘であり、その気持ちは決して否定されることではありません

立場が違えば“見える世界”も変わる——その価値観の違いが描かれた場面だと感じました。

「自分の価値観を押し付けるな」(父・和昌)

瑞穂の弟が、友達に「お姉ちゃんはいなくなった」と話していたことで、薫子は「死んだなんて言わないで!」と強く反応し、息子を責めます。

そんな薫子に対して、和昌は “どう思うかは自由。でも、それを人に押し付けてはいけない”と伝えます。

瑞穂が“生きている”と思う人もいれば、“もういない”と受け止める人もいる。 そのどちらが正しいという話ではなく、立場や心の準備の違いによって、感じ方は違う。

和昌は、努力を続けてきた薫子を責めることなく、「人の考えを否定してはいけない」ということだけを伝えるのです。 その姿勢に、私はとても好感を持ちましたし、 この言葉こそが、答えなのかと思います。

また、薫子が通っていたクリニックの医師の言葉もいいんですよね。「医者として願うことは患者の幸福です。その形は様々でこうでなければならない、というものではありません

「こういう日が永遠に来ないと私が思っていたとでも?」(母・薫子)

葬儀の場で、薫子は毎年“遺影になるかもしれない写真”を準備していたことを和昌に明かします。

周囲からは娘の生を信じ続ける“狂気の母”に見えたかもしれませんが、薫子は希望と同時に、訪れるかもしれない現実も受け止めていたのです。

この一文には、母親自身の苦悩と本来の薫子らしさが出ていると感じました。

このシーンがなかったら、私はただ狂った母親としか見れていなかったと思います。

自分じゃない誰かを、見た目や行動だけで判断してはいけないと、理解しました。

まとめ:“脳死”というテーマから受け取った気づき

この記事を書いてみましたが、全然書ききれませんでした!未読の方にはぜひ読んでほしいです。

脳死という重いテーマではありましたが、サクサクと読めて勉強になりました。

事実はひとつでも、そこにどう向き合い、何を感じるかは人それぞれ
法律やルールを超えて、個人の思いや価値観もまた“真実”なのだと思いました。

相手を簡単に理解したつもりになることも、誰かに自分をわかってもらえると期待しすぎることも違う。

もし自分がこの状況に置かれたらどうするのか——その答えは簡単には出ません。

だからこそ、どんな選択にも正解・不正解はなく、 自分や誰かの選択を尊重できる人でありたいと思いました。

あぱち
あぱち

ここまでご覧いただきありがとうございました!

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